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逗子に暮らす作家がおすすめするアラフィフ生活

老害とはなんぞや

 

老害」という単語で検索すると幾らでも「老害の特徴」なる文字が並んでいる。

 

殆どが、いま問題の高齢者運転に言及している。一方、体力や反射神経の衰え、頑固さなどだけで老害という言葉を使うのは可哀想な気もする。なぜなら、それだけの理由なら私を含め全人類がいつの日か老害認定を受けるからだ。本来「老害」とは心の持ち方だと思う。それ故に若い人でもなり得る。

 

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これまで周りの人間関係で「老害」とは無縁だと思っていたが、最近ある出来事を通してハッとした。

 

 

 

結論を先に述べると、老害とは自分が隆盛を誇っていた会社時代のままに、引退しても「世間を下に見る」という弊害。

 

特に大会社の社長、会長の中には、それまでの生き方の中で、ディベートを身につけ、とことん議論し、反対意見をねじ伏せ、会社の利益の為に自分の信念を持って突き進み成功し出世し、のし上がった人が多い。むしろ忖度などして周りの顔色を伺っているような弱さでは、大会社は大怪我をする。勿論、例外もたくさんある。

 


トップに立つ者に忖度は不要だ。

豊富な知識と知恵と勇気と揺るがぬ信念、実行力が必要なのだ。

 


しかし、社会の荒波から引退して、平穏な日常生活に身を置き換えた時、意外にも今度は忖度が必要になる。

 

年老いた妻のご機嫌を伺い、ご近所とのお付き合い、議論したりねじ伏せたりはもはや非現実的。頂いたものをお裾分けしたり、ゴミ出し、落ち葉はき、子供や孫の習い事に、先生に付け届けしたり。忖度は生活上の関係を潤滑に保ち、問題を発生させにくくする。

 

それが、分かっていないのが老害なのである。地位名誉、財産だけで、ピラミッドを作ってきた社会に長くいると、愛や感謝、慈しみ、思いやりなどの自己研鑽を全く出来ないままの弱肉強食の大人に出来上がってしまう。老害、それは本人も気づけない悲しき思考回路なのである。

 

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以下、ある老害の例題です。

 

いつの日か老害と認定されたくない方、老害にご興味のある方、ちょっと長いですが、もしお暇な時間がありましたら、お読みください。

 

 

 

ゴルフ仲間のAさん、数年前、レッスン場で初めて出会った時から温厚な印象で、人当たりがよく、ユニークで、ひょうひょうとした人物であった。

 


名刺をくれたが、肩書きなど興味のない私は、それを家のテーブルに置いてよく見もしないまま数ヶ月が過ぎた。Aさんが、大会社の会長にまでなって、その後も有名企業の社外取締役に就任したりしていたと知ったのはかなり後のことだ。私から見たら父親と同じ年齢なので、孫のいるお爺ちゃんにしか見えなかったのである。

 


ゴルフ中、Aさんが、現役中は運転手付きの車で通勤していたため、足腰が弱いことや、ドライバーが飛ばなくなった事を嘆くので哀れに思い、気落ちを励ましたり、スポーツクラブやストレッチ体操などを教えては、老いていく悲哀に付き合った。基本的にお爺ちゃんは優しい!そう信じていたので、お爺ちゃんグループに混ざってのゴルフラウンドは心地良いものだった。

 


お爺ちゃんグループはゴルフスイングの教え方も優しくて上手い。そのアドバイスを聞きながらせっせと練習にも励んだ。私がゴルフ好きになったのはそうしたお爺ちゃんグループの励ましのおかげと言っても過言ではない。

 


お爺ちゃんグループも、娘と変わらない年齢の女性がひとり入るだけで華やかになるらしく、ヤル気マンマンになっていた。正にgive &takeである。

 


そこまでにとどめておけば良かった。

 


それが、私のお節介というのか「仏心」「キリスト心?」「女子力」またある人に言わせれば、マザーテレサ病とも言うらしいが、それが沸沸と出てきて、お爺ちゃんが辛いことは何でも解決してあげるようになった。

 

Aさんの一人娘が癌になって、嘆いている顔を見ていると、見て見ぬふりは出来なかった。どの病院よりも癌完治率の高い病院を知っていた。その病院は両親が40年前から世話になっており、これまで200人近くの知り合いに紹介して、その約8割は完治していた。Aさんのお嬢さんはリンパ節を通して癌ウイルスが全身に広がりつつある時期で、紹介した病院のお蔭で、ひとり娘はその治療の甲斐があって、後の転移もなく完治し元気になった。もうかれこれ5年を過ぎた。

 


またある時には海外にいる私のスマホにAさんから電話がきて、歯が痛い!と嘆くので、行きつけの歯医者はないのかと尋ねると、出張先のホテルに滞在中なのでどこも知らない、とスッタモンダした記憶がある。奥さんか家族に聞けばよいではないかと読者の方は思うだろうが、時差の関係で、既に就寝している妻や娘は電話に出ないらしい。それで海外にいる私に電話してきたのだ。

 


肩書きが人一倍立派な割には、日常生活の規範を全く知らず、困ったお爺ちゃんだと思いながらも、そのあまりのギャップが興味深く、やんちゃな小僧のようでもあり、困りごとには姉のごとくにハイハイと世話を焼いた。そのひとつが車の修理であった。

 


Aさんの愛車であり新車でもあるベンツに奥さんが運転中、大きな傷をつけた。縁石で左側をこすり続けたのだ。裕福なAさんは、いつも車検やら車の傷は購入先のベンツのディーラーで直していた。

 


以前新車をコインパーキングのポールにバックで傷をつけた時には保険で90万かかったと嘆いた。同情だけしていたら良いものを、またしても私のマザーテレサ病が出てしまった。

 


「ベンツやポルシェ、アウディなど、外国車中心に安く直してくれる小さな秘密の修理工場があるのですよ」と大事にしている車屋さんを教えてしまった。

 


幾らかかりますか?

ディーラーよりかなりお安いですよ。仕上がりは同じです。

 


Aさんは興味を示し、その店に連れて行ってください、と頭を下げた。

横浜の方で高速道路にも乗らなくてはならず、かなり距離があったが、その店に予約し道案内した。

 


長年世話になっている気の利いたオーナーが、小さな店から飛び出してくる。Aさんの車を見て、いい車に乗っておられますね〜最新型ですね!と新車のベンツを褒めた。Aさんは褒められて上機嫌。

 


オーナーは良く気の利いた人で、この度はご紹介ということですから、最安値で修理させて頂きますね!と私を見て爽やかに笑うと、スマートに接客してくれた。最初は小さな工場だと聞いてかなり疑念を抱いていたAさんも、紳士な応対に大満足し、その時はそれで無事終わった。

 


後日、その修理工場に私用があり立ち寄ると、オーナーが意外なことをチラッと言った。

「お金持ちのお爺さんには気をつけた方が良いですよ、ものすごいケチだから。僕や貴女みたいな純粋な人はいませんよ」

 


何のことやらピンとこず、そんな人がここに来るの?と聞くと、沢山いますよ!と困った表情が返ってきた。

 

暫くして、またしてもAさんが前方左側を二箇所、微かにこすったと嘆いた。あの修理工場に見せて幾らかかるか聞いてみたいと。再びマザーテレサ病の私が同行した。

その小さな修理工場は奥にバーカウンターがあり、お客には珈琲を出してくれて、従業員と小気味良い会話を交わせるスペースがある。

 


そのオーナーは車修理の仕事だけでなく、高級時計をデザインして作り、趣味のような副業をしている。時計の趣味がない私には豚に真珠なのだが、カウンターにはその水深50mまで防水加工の綺麗なスケルトンの腕時計が並んでいる。

 


オーナーが口を開く。

 


「Aさん、この腕時計、25万ですが15万で良いですよ。プレゼントして差し上げたらいかがですか?」と言いながら私を指差す。

 


オーナーの急な時計営業に私は慌てた。Aさんも面食らって絶句。その静けさが耐えられず、思わず

「Aさんはもう年金暮らしだからね」とフォローした。Aさんも「そうなんですよ」とうつむく。

 

腕時計などそっちのけで、お金持ちのAさんは、幾らかかるかなぁ、何日かかるかなぁ、と心配している。

 

あとから気づいたのだが、実はオーナーは、私に紹介して貰った上に同行してくれているんだから、時計くらいプレゼントしろ!との嫌味を言ったのだった。

 

外に出て行ったオーナーが15分程してバーカウンターに戻ってきて、もう直しましたよ!ご覧になってください!と言ってきた。

 


え?!二人してベンツに走り寄ると、かなり目立っていたこすり傷が、見事に消えているではないか。

 


どうしたの?

魔法で直しました!

魔法?信じられない!

Aさんは驚き感動している。

良かったですね〜!と私。

ありがたいです!とAさん。

 


修理代おいくら?私が聞いた。

オーナーが少し間をおいて

5000円で良いですよ。

と笑いながら軽く告げた。

余りの安さに驚きを隠せず

「5000円?!」と叫んでしまった。するとオーナーは何を勘違いしたのか

「いや、3000円で良いですよ」

とはにかんだ。

それはないでしょう!と思った瞬間に、Aさんがあろうことか、3000円を財布から取り出して、オーナーに渡している。あろうことか、というのは、私なら5000円、いや一万円だって支払いたい。ディーラーに持っていけばこんな額では済まないのだ。しかもこのスピーディーさと親切さ。

バーカウンターにバッグやら荷物を取りに戻ると、オーナーが小さな小瓶を幾つか並べて、「これで直るのですよ、手の内見せちゃったけどね。」と少年のように笑っている。その瓶はオートバックスなどで売っているコンパウンドのような安物磨きクリームではなく、なかなか手に入らないらしい特別な外国製の道具だった。なんて善良な人なのだと思った。一方、さっきまで、オロオロと心配していたAさんは3000円で元どおりになったことで、大満足して、「いやありがとう!!」を連呼するのみ。その時ふとオーナーと目が合い、オーナーが無言で何かを私に告げた。恥ずかしい気持ちになった。

 


それから一年、またAさんの奥さんが左側を縁石でこすったと言ってきた。ゴルフのレッスン場でその傷を見ると、かなり下の方なので、目立たないから修理は必要ではない、と私は伝えたが、またあの修理工場に行きたい、コンパウンドで直してもらうと言う。

今度はもう一人で行って貰った。

コンパウンド…私のマザーテレサ病も図々しい事情には持続はしないようだ。

 


修理工場から帰宅したAさんはコンパウンドで直ると思っていたのに、10万円はかかるらしい、と言ってきた。更に傷つけた張本人の妻が嘆きまくっているとメールがきた。ベンツのディーラーでは40万と言われたそうだ。傷は思っていたより深く、ドア部分だけでなく前方まで長くつながり凹んでいるという。車を使うので、修理工場への納車は来週にしたという。

 


ウマシカな話であるが、もうかなり歳になったAさんを又ひとりで行かせるのも心配になり、帰りは慣れない代車にもなるので、これまた付き添うことにした。マザーテレサ病が再発した。

 


店に到着するとオーナーは留守で、修理の達人のお兄さんと受付嬢のみ。

Aさんが

「幾らかかりますかね。今日現金を持ってきたのですが。」

と尋ねると、修理のお兄さんが

「この前ご本を頂いたので、社長が値引きしますとのことで13万円を8万円で結構でございます、とメモを残しております」

 


Aさんは、そうですか、8万円ね、と封筒から現金で支払う。

 


「本って?!」私は聞いた。

「僕が昔書いた社長になるには、の本ですよ、あれを彼に渡したんです。8万円とはありがたい!」とまたまたご満悦な表情。

 


成功しているオーナー社長に、社長になるための本って…あんな難しい本、読んでいる暇などないわよ…これでAさんの肩書きまで著者の経歴でバレちゃった…肩書きだけ立派で、こんなに安くしてくれているのをなんとも思わないなんて、信じられない!!なにやってるの!!

私も稚拙な自著を10冊、この店に進呈したことがある。「四十代の同窓会」である。しかし、それはオーナーに読んで、ではなくカウンターに積み上げて、欲しいお客様に差し上げて、の意向だった。オーナーは本を進呈されて、しょうが無いAさんに花を持たせるために、更に値引きし謝意を評したのだ。皮肉も込められているかもしれない。オーナーはとにかく人を見る目があり、いつも笑っている。そんなオーナーの気遣いに気づかないお爺ちゃん。

 


帰りの車の中でAさんはくたびれましたね、どこかでお茶でもしていきますか、と茶店に寄って珈琲とアイスクリームを注文した。そして「最初相談に行った時には10万と言ったのに、今日は13万と言ってたね、おかしいね!」と善良なオーナーに疑念を抱いた。

 


私はAさんとオーナーのはざまでどちらにも気を遣い疲れ果てていた。昔から自分でも呆れるほどに怒りが遅い。しかし、一旦怒り出したら、本人が自覚するまでその不始末を伝えなきゃ気が済まない性分のようだ。

 


帰宅して、Aさんから感謝のメールが届いた。代車はかなり古いものだったが、Aさんが大型ベンツやポルシェやカイエンでは駐車が出来ないから小さな車を代車に頼むと言っていたらしいので、国産の古いものだった。Aさんはこんな運転しにくい車が世の中にあるのかと、帰り道にブツブツ言いながら運転していた。

 


小さな修理工場ではあるが、タイヤやバッテリーなど、車の中の修理や交換をしてくれるが、板金まではしないので、それは他に発注するのだ。板金屋への支払いや移送費、代車、などを考えると、8万円など、この店は僅かな利益も残らないのである。オーナーが私の顔を立ててAさんに安くしてくれているのだ。我が家も両親も兄弟も、修理を頼む時には手ぶらでは行ったことがない。時計までは買えないまでも、せめて菓子折を持って感謝の気持ちを伝えている。そうやって長年気持ちの良い関係を築いてきた。

 


それが、Aさんは、安ければラッキーで、ありがとう!の一言。

「変な時計を買わされなくて良かった!」と語気を強めた。息子さんにお似合いの時計でしたね、と呟いても、完全無視だった。名刺代わりの自著を進呈するのみ。

どうして私がAさん宅の車の傷まで尻拭いしているのか。

 

 

私はついにキレた。

 


小さな工場で土日なく目の下にクマをつくって油まみれに働いている人たちがいること、故意ではないにしろ車の傷のために、たかだか8万円で車を移送させたり重たい車のドアを慎重に外したり、板金したり小さな代車を探したりして親身になってくれている人たちがいること、彼らが損得なく善良であること。そういう職人たちを大事にして欲しいとメールした。

 


勉強になります、と返信がきた。

 

 

 

オーナーからなぜか私に電話が入り、Aさんの車が修理完了したと言ってきた。Aさんには直接電話したくないのだと直感したが、私が伝えるのもおかしいので、Aさんに連絡してくれるようお願いした。

 


Aさんから、車が完成したので引き取りに行ってくるとメールがきたので、急いで、引き取りの際には菓子折でも持って御礼して欲しいとメールした。

 


時は既に遅しで、メールを既読したのは、引き取りに行った後であった。

 


返信に、

「先ほど、受け取って来ました。

ちょっとした会話を交わして、忙しそうでしたので、お暇してきました。今日は用意が出来ませんでしたので、別途、御礼を送ります。やはりベンツは乗り心地が最高ですね!惚れ直しました!」ときた。

やはり金持ちお爺ちゃんは、呑気に手ぶらで引き取りに行ったのだ。自分の愛車のことしか頭が回らない。

 


怒りがまだ収まらず、それから数日後、本当に気が利かないのか、それとも守銭奴でとぼけているのか、Aさんに、もう次回からはあの修理工場には行かないで欲しいと理由を逐一述べて今まで通りにご自宅近くのベンツのディーラーで御用達くださいとメールした。足元を見て値切っては修理工場は手間がかかるだけで、利益はほんの少しだけなので迷惑になると伝えた。私の顔を立てて最安値にしてくれているのだとも伝えた。

 


あの店にくるお金持ちのポルシェやベンツ所有の常連達は安くしてくれる分、彼の時計を買っているのだ。それでもディーラーで直すよりかなりのお釣りが返ってくる。

 


Aさんには全く意味が伝わらなかった。また丁寧に伝え直した。

しかし真意が伝わらない。

 


僕は値切った記憶はない!あちらが勝手に8万円だと言ったから支払ったのであり、僕は何も悪いことはしていない。紹介しておいて、今さら行くな!とは何事だ!と。

 


町の小さな修理工場は、会社の取り引き相手ではない。

 


御身大事だけのドケチお爺ちゃん。いかように説明しても契約は契約だと譲らない。会社経営が自宅経営に代わっただけの戦闘態勢。ねじ伏せるかのような理路整然としたメールを送ってよこす。

会社の会議室か何かと間違えているほどの興奮ぶり。久々の興奮にAさんは気分が良いのであろう。議論に快感を感じているようだ。もうやめましょう、と言ってもおさまらない。

 


なんだか悲しくなった。私のお節介、身から出たサビとはいえ、お金のことでイメージが180度転換してしまった。私の前では温厚で笑いのツボも一緒だった。さすが企業のトップだ、と思って話を聞き眺めていたこともあった。それが、どうして…人としての美学はないのか?これが世間でいう老害なのか?忖度、気は心、が全く通用しない。無知なのだ。

 


車の傷が飛び込んできたかのように、私の心に刺さったまま、暫く憂鬱な後遺症を患った。

 


もう無理です、Aさんのお考えにはついていけません、さようなら。

 

と、メールした。

 


平穏な時には分からず、事が起きた時、その人が分かるのよ、と祖母がよく言っていたが、その通りの事が起きた。敬意を表していた人物だっただけに、受ける打撃も大き過ぎた。

 

           おわり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ひと月だけのお試しあり!

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